2007年04月28日

五月六日、四谷で台湾のWHO加盟アピール行進

【大いに転送を】五月六日、四谷で台湾のWHO加盟アピール行進

【編集部】是非参加ください、

台湾のWHO加盟を支持する集い,アピール行進と講演会のご案内
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2007年04月08日

「台湾の声」【呼びかけ】「台独反対するな」と安倍首相に訴えよう

【転送転載を】

「台独反対するな」と安倍首相に訴えよう

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2006年12月10日

【速報】台北・高雄市長選結果

 
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次期総統選挙前哨戦 台湾市長選で国民党が1勝1敗
 
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2006年11月22日

台湾に乾杯!

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烏来の高砂義勇隊碑から囲い板が外された


      台湾研究フォーラム会長 永山英樹

台北県烏来の高砂義勇隊英霊記念碑は、一度は土地を提供していた会社が
倒産したために存続が危ぶまれたこともあったが、日本人の募金によって
今年2月、無事に県の瀑布公園内に移設された。だがその直後に中国時報
の煽動記事や、それに呼応した台北県の県長(県知事)、副県長によって
撤去騒動が起こり、原住民の抵抗によって辛うじて撤去は免れたものの、
碑の側面は板で覆われ、すべての碑文が封印された状態に置かれたのだっ
た。

これは「原住民の日本のための従軍を記念するなど怪しからん」とする、
在台中国人勢力による明らかな「親日狩り」で、一種の強権発動だから、
もはやなす術がないかにも見えたのだが、現地の高砂義勇隊記念協会(原
住民)が11月17日の日本李登輝友の会福島県支部と行った拝礼式、
そして19日の日本李登輝友の会本部の訪台団と行った拝礼式(碑を建立
した周愛子女史の3年祭を兼ねる)の両方に参列した筆者は、最近になっ
て囲いの板が外されたことを知った。

「誰が外したのか」と同協会の人々に聞くと、みなニヤッとして「何も聞
くな」「そのうちにわかる(騒ぎになるだろう)」としか答えない。日本
人の真心によって移設された記念碑である。その日本人が参拝に来るとあ
れば、やはり囲いを取り外さないわけには行かないと考えた人がいても不
思議ではないのだが、真相はまだわからない。

ちなみに軍国主義賛美とされた記念碑の日本語の碑文については、日本語
を理解できる学者たちの分析によって「賛美とは言えない」ことが公聴会
で明らかにされた。公聴会には撤去命令を下した県長や、騒動の黒幕とも
言われている高金素梅立法委員も出席していたが、彼らはその場から逃げ
るようにして立ち去ったと言う。

また記念碑周辺にあった日本人奉納の歌碑や句碑は、県によって撤去され
たままだが、県の側は返還しても良いとの姿勢を見せていると言う。だが
高砂義勇隊記念協会に対し、「返してやるから、お前たちが受け取りに来
い」との態度であるため、同協会は憤って受け取りを拒否している。

今回の二つの式典で高砂義勇隊記念協会の簡福源(日本名・山田正太郎)
理事長は挨拶の中で次のように強調した。

「高金素梅は、父親は中国から来た軍人であり、原住民ではない。もし原
住民であるなら、絶対に英霊の記念碑の撤去などを主張することはない。
彼女は中国人だ」

「私は日本陸軍の二等兵だった。大東亜戦争は侵略戦争などではない。日
本は世界の平和のために戦ったのだ」

「忘れないでほしい。日本人は必ず靖国神社へ行ってほしい」

ちなみに簡理事長は、「県が碑を撤去するなら、私は碑の前で腹を切る」
と宣言した人物で、その迫力に押されて県は撤去を思い止まったとも言わ
れている。

記念碑が元の美しい姿を取り戻すことができたのは、本当に喜ばしい限り
だ。これまで日本から慰霊祭で訪れるのは戦中派が中心だったが、そうし
た方々が少なくなってしまった今日、やはりこれからは戦後育ちの日本人
がこの碑の前で慰霊を行うべきだろう。現地の人々もそれを心から望んで
いるのである。(18・11・22)

参考

【現地報告】高砂義勇隊慰霊碑 
http://www.emaga.com/bn/?2006020078655118005363.3407
【高砂義勇隊碑】外省人の「親日派」攻撃が物語るもの
http://www.emaga.com/bn/?2006020095515769018531.3407
【慰霊碑撤去問題】中国時報の誤訳に基づき撤去が決まる
http://www.emaga.com/bn/?2006020100839308005402.3407
現地レポートー高砂義勇隊記念碑のその後
http://www.emaga.com/bn/?2006030004094422006847.3407

『台湾の声』http://www.emaga.com/info/3407.html
『台湾の声』バックナンバー http://taj.taiwan.ne.jp/koe/
『日本之声』http://groups.yahoo.com/group/nihonnokoe Big5漢文
※投稿はこちらまで→ koe@formosa.ne.jp
(メールマガジン 「台湾の声」)



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とりあえず乾杯!

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2006年11月20日

オーストリー 台湾 支那

今日の朝ズバでも取り上げられていた問題。


オーストリーと呼んで オーストリア大使「オーストラリアと混同」

 ■「定着していない」…戸惑う外務省

 「オーストリアではなくオーストリーと呼んでください」。欧州の伝統国オーストリアの駐日大使館が「日本語表音表記の変更」を発表した。豪州のオーストラリアとの混同を避けるというのが理由だが、外務省も「まだ定着していない」としており、あまりに唐突な発表に戸惑いの声が上がっている。(大野正利)
 発表文はペーター・モーザー駐日オーストリア大使とエルンスト・ラーシャン同大使館商務参事官名で大使館のホームページに出された。まず「日本ではオーストリアはオーストラリアと常に混同されており、違いを明確にするため」と変更の目的を明記。
 続いて日本では19世紀から昭和20年まで「オウストリ」と表記されていた史実が列挙され、「(今後は)『オーストリー』の名が広く速やかに浸透していくことと存じます」と結ばれている。
 あまりに突然な変更だが、この「オーストリー」の表記、日本人になじみ深いことも事実だ。
 国内初の本格的な国際地理誌「萬國地名往来」(明治6年発行)で同国は「ヲウストリ」とされ、翌年開催されたウィーン万国博覧会も開催国「オウストリ」と宣伝された。第一次大戦までは英独仏露と並ぶ欧州五大国の一員だったこともあり、文明開化後、富国強兵を目指した日本にとって、あこがれの存在でもあった。
                  ◇
 オーストリー帝国は第一次大戦での敗戦により解体され、ドイツ人地域で共和国化。第二次大戦前にはナチス・ドイツに併合されこともあり、同大戦後は永世中立国として再出発した。激動の20世紀にもまれ、冷戦時は東西の接点の役割も果たしていたが、近年の欧州連合(EU)加盟などにより中立色が薄れ、その後は欧州の一員としての性格を強めている。
 英語読みの「オーストリア」が主流となったのは第二次大戦後。ここから南半球の大国「オーストラリア」と混同する日本人が増え始めた。最近では、東京・元麻布の同国大使館に間違って訪問する人のために、オーストラリア大使館(東京・三田)への道順を記した地図を用意するほど。かつての大国が直面しているのは、こうした現実だった。
                  ◇
 同国関係者はすでに「オーストリー」と刷られた名刺を使うなどかなりの意気込み。その半面、「いつ変わったのか」「どちらの表記を使えばいいのか」といった問い合わせも寄せられ、混乱の感は否めない。
 平成15年に「スロヴェニア」を「スロベニア」、「チェッコ」を「チェコ」、「サイプロス」を「キプロス」に変更したばかりの外務省は「オーストリア大使館が発表しただけで、まだ定着していませんので…」と態度を決めかねている。
 「オーストリア」と「オーストリー」、定着するのは果たしてどっち?
(産経新聞) - 11月20日8時0分更新


参考HP
オーストリー大使館商務部HP
オーストリア大使館HP

確かに混乱の感は否めない。


ただ、外務省も過去相手の言うことを理屈抜きに聞いている事例もあります。
「中華民国の国名として支那といふ文字を使ふことは過去に於ては普通行はれて居たのであるが、其の後之を改められ中国等の語が使はれてゐる処、支那といふ文字は中華民国として極度に嫌ふものであり、現に終戦後同国代表が公式非公式に此の字の使用をやめて貰ひ度いとの要求があつたので、今後は理屈を抜きにして、先方の嫌やがる文字を使わぬやうにしたいと考へ、念のため貴意を得る次第です。要するに支那の文字を使はなければよいのですから、用辞例としては、
   中華民国 中国 民国
   中華民国人 中国人 民国人 華人
   日華 米華 中蘇 英華
 などの何れを用ひるも差支へなく、唯歴史的地理的又は学術的の叙述などの場合は必ずしも右に拠り得ない。例へば、東支那海とか日支事変とか云ふことは止むを得ぬと考へます。ちなみに、現在の満州は満州であり満州国でないことも、念のため申添へます」
(昭和21年6月7日外務省総務局長名 通達)



オーストリーにも理屈を抜きにして対応してあげればいいのに。


ところで朝ズバはご存知の通りTBSですが、「世界バレー」を中継していますね。
今大会には女子で「台湾」が出場していますが、「チャイニーズタイペイ」としての出場です。
中華人民共和国と中華民国との絡みですね。
民主化後の台湾についてはやっぱり台湾でいいのではないかと思います。

台湾、「大使館」の名称変更を計画 「台湾大使館」に
台湾の報道によると、新聞局の局徽の変更、パスポートへの「TAIWAN」付記に続き、台湾当局は「在外大使館」と連絡処の名称を一律に「台湾大使館」、「台湾代表弁事処」に変更し、台湾の独立意識や本土意識を徐々に高めていくことを計画している。

「台湾日報」紙によると、ある台湾政府当局者は、台湾「外交部」が米国にある14カ所の台湾「代表処」の名称変更を計画していることを明らかにした。それによると「台北経済・文化弁事処」が「台湾代表弁事処」に変更され、第2段階として「中華民国大使館」の名称が「台湾大使館」に変更される。

台湾が「大使館」を設置する28カ国では現在、すべて「中華民国大使館」の名称が利用されている。親民党の楊富美「立法委員」は「ブッシュ米大統領は大陸を訪問する際、海峡両岸に挑発的行為を行わないよう希望を出していたが、在外機関の名称変更は大陸側に対する直接的挑発になる」と警告。

台湾の「中央日報」紙も「『大使館』の名称変更はパスポートへの『TAIWAN』付記問題のとき以上の反発を招き、両岸の協議再開の機会も失われることになる」と指摘した。

「人民網日本語版」2002年2月27日


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2006年10月02日

小泉さん!! 8月15日の次はこれでサプライズをお願いいたします。

asahi.com > 国際 > 人民日報 > 記事

台湾当局の小泉氏訪台招請について

2006年09月29日
 外交部の定例会見で28日、秦剛報道官が記者の質問に答えた。

 ――台湾当局が来月、日本の小泉純一郎前首相を台湾高速鉄道(新幹線)の開通式典に招待するとの報道がある。コメントは。

 われわれは台湾当局が、いかなる名目や口実であっても、国際社会において分裂活動を行うことに断固反対する。日本側がこれに強い警戒心を保ち、中日間の3つの政治文書の約束を遵守し、「1つの中国」原則に基づいて台湾問題を適切に処理することを望む。


新幹線を提供した時点で「1つの中国」原則が崩れていないのならば、式典に出てもその延長線上なので問題ないのでは?

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是非とも記念式典で踊って欲しい
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