2007年04月20日

ラオウ昇魂式?!映画の商魂しきじゃあないの?なんて言わずに日本人の宗教観について考える

20070419-00000002-maia-ent-thum-000.jpg単行本の累計部数1億部を誇る伝説的な人気マンガ「北斗の拳」の主人公ケンシロウの兄ラオウの“昇魂式”が18日、高野山東京別院(東京都港区)で開かれ、劇場版アニメのラオウ役の俳優・宇梶剛士さんら約3000人が参列。ケンシロウの最強の敵の“死”を悼んだ。
(4月19日11時19分配信 毎日新聞 まんたんウェブ)


結局、公開予定の映画の宣伝のための「商魂」みえみえの「昇魂式」じゃあねーかと言わずに、こじつけながらも日本人の宗教観について考えてみたエントリーです。


映画の宣伝の話題づくりじゃーねーかと言ったらみもふたもありませんが、ただ、このような行事が「宣伝」になると言うことは、日本人に受け入れられていると言うことと言えます。

私もリアルタイムで「北斗の拳」を週刊ジャンプで読んでいた世代です。(あのころのジャンプはまさに黄金期でしたねー)


ラオウというのは主人公ケンシロウの敵なんですね。つまりは我々読者の敵でもあるわけです。

しかし、その敵であるラオウを弔うためにファンが集まってしまうのです。

やはり、日本人独特の宗教観の表れですね。

シナやコリアではありえない宗教観でしょう。

出雲大社の大国主命は「国譲り」で「天孫族」に敗れたとの言い伝えがあり、天神様である菅原道真も時の政権からは左遷されたと聞きます。

「判官びいき」という言葉もあるくらいですから、日本人は敗者に対するいたわりの感情がDNAとして組みこめられているのでしょう。

だから多くの日本人は靖国神社にていわゆる「A級戦犯」と言われる東条さん方が祀られていても「違和感」を感じることなく、参拝できるのではないのでしょうか?

ブログパーツ
banner_01.gif
↑ランキング参加中です!
FC2 Blog Ranking

posted by @隼人正 at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 宗教観 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。