2006年08月30日

夜警国家を基本に!

小さな政府=夜警国家=福祉切捨て国家 
田原総一郎さんなんかは「小さな政府」を唱える政治家に対して誘導尋問をします。
これに対し政治家は「福祉切捨て国家」を否定するという光景が見られます。
これは「福祉切捨て国家=国民に冷たい国家」と言う印象が聞く側・答える側双方にあるからです。

「福祉国家」=「国民に優しい国家」というイメージに縛られているからです。本当にそうなのでしょうか?これは「福祉切捨て」が「引き算」の印象を与えてしまうからなのです。夜警国家を基本とすれば、国の各種政策は「足し算」になります。

一方で共産党なんかは「福祉切捨て国家」を「逆立ちの政治」と訴えます。
本当にこれが「逆立ちの政治」なのでしょうか?

自分は「最低限、国民の生命・財産を守れない国家」こそが「逆立ちの政治」ではないのでしょうか?
警察機構(警察)・国防機構(今は自衛隊)・国境警備機構(海上保安庁)・防災(消防)が国民の生命・財産を対内的・対外的に「国民の生命・財産」を守る組織です。これらを真っ先に充実させるべきです。
これらは国民に等しくかつ潜在的に受益があると考えられます。

いわゆる福祉も潜在的には全国民の受益の可能性があるのですが実際に受益するのは一部の人です。

したがって「国民に等しくかつ潜在的に受益」がある政策が国家政策の基本となるべきです。その次に「潜在的には国民の受益の可能性がある」国家政策がくるべきと思います。したがって、「福祉国家」こそが「逆立ちの政治」ではないかと思います。

医療費用や介護費用を「負担ゼロ」にする政策というのは耳障りのいい政策ですが、これには「セルフヘルプ(自立)」の考えかたと麻痺させてしまう政策です。国民の感覚を麻痺させたあとは何が待っているのでしょうか?
医療費がかかる!介護費用がかかる!ことはその人自身がきちんと予防をしていたのでしょうか?大半は予防措置も努力もせずそのような状態になっている人ではないのでしょうか?
「セルフヘルプ」を助ける政策(病気などを予防するための措置を援助すること)を推進すべきと思います。

国民は「国に甘えてはダメ!」なのです。ただし、国民だけではできない治安維持・国防が政府のある意義なのです。これを完璧に達成した後に優先順位をつけ福祉に回すべきなのです。

政府は「やる気のある人間」を支援すべきで「やる気のない人間」を保護すべきではないのです。

この考え方が国家の基本精神にするべきと思います。
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posted by @隼人正 at 13:56| Comment(3) | TrackBack(0) | 行政 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
社会保障は誰もが潜在的には利益を受けうるが実際に受益するのは一部の人。だから消費税を財源にすれば保険的な意味合いを持ち、よいシステムになると考えます。

やはり偶然困難な状況が訪れた人を放置すべきではないと考えます。病気は健康に気をつけていてもなることがありますから。そういう人を救う措置は必要です。

しかし誰もが受益する可能性がある以上、薄く広く負担するのが理想でしょう。だから消費税の福祉目的税化が必要です。
Posted by 雄太 at 2006年09月10日 20:23
社会保障は最低限必要です。
問題はその基準と運用です。公平に運用されるようにしなければなりません。
Posted by @隼人正 at 2006年09月11日 23:04
自分は理学療法学を学んでいる学生ですが、現在の医療制度でも、多くの方々にとっては溜息の出るものでしかないと思います。生まれ持った障害や魚鱗症やトゥレット症候群等の難治性の症状を持つ人達を苦しめるような社会構図は、他のいかなる大義名分があろうとも断固認めません。ほとんどの医療・福祉関係者が現状を苦々しく考えているでしょう。今の日本の医療制度は、あまりにも現実的ではありません。
Posted by 拓也 at 2009年07月23日 22:26
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